生まれ月の科学とは

自称「生まれ月学」を始めてから25年が経つ。今でも未練があって止められずにいるのは、この研究方法が健康や疾病を始め、体質や気質といった今までは研究対象としては扱いにくかった事象にも新鮮な切り口を開いて見せてくれるからである。この切り口からは、今でも謎とされている多くの難問題を解決へと導く新しい緒口を見出すことが出来るだろうと思いこんでいる。

その鍵は胎児期や新生児期に受ける不顯性感染にある。胎児は特定の発育段階でそれぞれ特定の組織や機能が発達する。その時期に受ける環境中の種々の物質や感染の影響は各種体細胞の基本的な機能に永続的な修飾をする可能性があると思われる。環境中の要因で季節性のものとして、具体的なものではウイルスの不顯性感染がもっともありそうな原因であろうと私たちは考えている。それは、この研究方法が私の体験してきた日本脳炎の免疫学的疫学研究をその基礎としているからである。しかしその他にも、自然界にある植物の花粉や動物の成分なども類似の作用機序をもって特異的な変化を起こしているかと思われる。

日本脳炎ウイルスの場合には、その不顯性感染が予想以上に広範であり、患者の発生が知られていないような地域においても毎年のように不顯性流行としてウイルス感染が蔓延していて、感染を受けた個体ではその影響が持続する。このことは、かつて日本脳炎が大流行を繰り返していた当時、予防衛生研究所で北岡正見先生(1903,1-1979,1)の研究室でその一員として日本脳炎研究の一部を担当し、特に北海道各地のヒトやウマの血清について日本脳炎ウイルス中和抗体の検査をしていた時に深く刻み込まれた印象であった1)。

この経験から、日本脳炎患者の生まれ月の分布が一般人口のそれとは違っているだろうと推定して、実際に調べ始めたのはそれから20年が経過して大学紛争も一段落をした1970年代の始め頃からである。私たちの生まれ月学はこの時から始ったと言えよう。

胎児期でのウイルス感染が疾病の原因となることは、先天性風疹症侯群の例でも明らかである。風疹の場合には出生時に先天障害のあることが認められるので、その障害が胎児期での感染によることが分かりやすい。しかし、胎児期の感染が形態的な異常を現さないで機能的な軽度の障害だけを起こしている場合もあるに違いない。
日本脳炎のようにその原因ウイルスが明らかで一定の季節に限って流行するような感染症の場合には、種々の発達段階にある胎児期での感染によって、そのウイルスに対する免疫を獲得したり寛容になったりしていて、生後の感染に際しての発病率にも影響しているかも知れない。それは日本脳炎患者の生まれ月の分布を調べることによって確かめることが出来るだろう。

そう考えたので先ずは厚生省の日脳患者サーベイランスカードを調べさせて頂き、さらに東京と横浜の伝染病院に収容されていた日本脳炎患者の病歴を調べて、その結果を日本衛生学会で発表したのが私どもの生まれ月学研究の第一報となったものである2,3)。

それに次いで手掛けた精神分裂病の場合には生まれ月によって発病率に違いのあることが既に広く認められていたために、夏期の前に受胎した胎児では脳の発育する時期に夏を迎え、母体や胎児に栄養の障害が起るためだろうといったようないくつかの仮説が提唱されていた。その一つとして胎児期でのウイルス感染説があった。私等は東京の松沢病院で古くからの入院患者の病歴を調べて精神分裂病の好発する生まれ月が年代によって次第に移動することを見出した。このことから分裂病の原因が夏期の栄養障害などのように季節に固定したものを否定することとなり、年によっては流行季節の変動することのあるような感染症が考えられるとした4)。

精神分裂病の好発生まれ月が年代によって変動することが、イギリスやアメリカでも認められたために、分裂病の原因としては胎児期でのウイルス感染が一層強く疑われるようになって、病原ウイルスを探し出す努力が世界各国で多くの研究者によって始められているのだが、まだ具体的な成果は上がっていない5,6,7)。

こうした研究の過程では、対照としての正常人口の出生季節分布が必要となる。それを見ていると日本では早生まれ、ことに1月と3月の出生数の異常に多いこと、その前後の12月と4月の出生数の少ないことが目についた。これは当時早生まれが子供の将来にとって社会的に有利だろうとされていたための人為的な操作が出生届けにあったことが無視できないことを示すものである。しかしそれを考慮しても当時は早生まれが多く、その程度は年代によって大きく変動していた。ところが1960年代になると突然と早生まれの多い現象が全く見られなくなってしまった。こうした出生季節分布の急激な変動の原因を考えて、季節的な「自然不妊」の流行(流行性季節性不妊病)という新しい仮説を考えるに至った8,9,10)。

これは感染症としての早期流産が自覚されることなく季節的に流行しているだろうという考えで、現在大きな問題となっている少子化の生物学的な原因でもあり、人口学的にも重大な問題であるに違いない。自然不妊の流行は昔からあったのだろうか。それを知りたくて19世紀以前の古い時代の生まれ月の分布も知りたくなった。日本では人口動態統計以前の出生季節分布を求めようとしても、たいていの記録では出生月日の記載のないことが多い。そこで日本だけでなく海外の教会記録を調べてみることとなった。それによって日本の他にドイツやイギリス、アメリカでもほぼ400年の期間に渡って、自然不妊の流行の季節が30〜50年程度の周期で変動していたように思われた10)。

つまり生まれ月の季節分布に波のあることは、ヒトの生殖能力に及ぼす環境からの強い影響が古い時代から世界的にあったことを示すものであり、その原因を明らかにして生物学的な対策を確立することは、人口学の生物学的な基礎となるべきものであろうと思われる。

ヒトの生殖能力との関係で、初経発来と生まれ月との関係が調べられ、過去90年にわたるその長期変動から出生の季節が初経発来にも影響のあることが示された11)。また初経発来の年齢は乳がんの罹患率など各種疾患とも関係のあることが知られているので、それらの共通の因子を求め、その具体的な条件や物質を特定することが今後の問題となるであろう。

それ以外にも、寿命、がん、脳血管障害、アルツハイマー病、骨折、などでも生まれ月によって罹患率の違いのあることが示されている12,13)。こういったことは胎児期での感染の影響が特定の疾患を起こすというだけではなく、内分泌や血管の性状、神経伝達機能や免疫機能の修飾といったような主要な体質の基本にも影響していると考えるようになった。もしそうした機能に季節性のある環境中の物質が胎児に影響するとなれば、その物質を特定してその影響をコントロールすることが可能となり、成人病や自己免疫疾患など、まだ原因の明らかでない重大な疾患や難病について環境因子の面からの予防手段を見出すことが出来るかと期待したい。

ヒトの文明の誕生と発展とはその住む地域の気候に依存するという説を提唱したことで知られるアメリカの地理学者 E. Huntington (1876,9-1947,10) は生まれ月の問題に惹かれてヒトの知的・社会的能力を始め寿命、精神障害、自殺、出生性比、死産などについて、日本をも含めた世界各国から膨大な資料を集めて論じている14)。それ以来、先天障害、がん、感染症、体格、初経の発来などまで、あらゆる心身の健康事象と生まれ月との関係が多くの研究者によって調べられている13,15)。

最近でも相対性理論とか進化論というような革新的な新しい学説に対する研究者の態度が保守的か革新的かというような性格の違いが生まれ月で分かれるとか16)、雨季の7-10月に生まれた者は成人後の死亡率が高い17)というような一見奇妙な事象がネイチャーといった雑誌にのることもあるので、生まれ月には未開拓の謎が隠されていることに賛成する者もあると思われる。

しかし、今までのどの研究にも何故そういった生まれ月による違いが起るのかということについて納得できるような明確な説明の付けられたことがない。そのために、そこから直ちに実用的な結論を引出せる望は少ないと思われるのか、研究者の努力は入口で停滞しているように見られる。それ以上に進めない原因の一つとして、生まれ月という手がかりだけでは具体的に何から始めればよいのか取りつく島もないと思われるからであろう。

私どもは数年来この欠陥を補う方法を考えてABO血液型と生まれ月との両方を組合わせて調べることを始めている。この考えの基礎には血液型と感染症との関係がある。それは1948年、当時の伝染病研究所で田宮猛雄先生(1889.1-1963.7)のグループが発疹チフスとB型血液との関係を報告したこと18,19)が伏線となっている。

しかし、改めて見直すと自然不妊にも生まれ月と関連して血液型も関係しているように見えてくるので20)、これからも今まで気が付かなかった新しい具体的な事実が次々と発見されるのではないかと期待している21)。それによって信頼できる証拠が挙げられてくれば、生まれ月学には大きな飛躍が期待されるだろう。

今後生まれ月学のもつ可能性が具体的に実現されるためには、系統的な疫学調査によるデータの集積を始め、新しい分子生物学的な免疫学、遺伝子学などの方法をも取り入れて、囚われない自由な発想の下に実証的・実験的な研究を発展させることが出来れば、予期の成果が期待されるはずだと思っている。

 

文献

  1. 三浦悌二、北岡正見 1955 北海道における日本脳炎の免疫学的疫学 ウイルス 5:62-73
  2. 三浦悌二、町田和彦、柳井晴夫、緒方隆幸: 1972 ヒトの日本脳炎感受性におよぼす出生季節の影響 日衛誌 27(1):200
  3. 三浦悌二、江間実、竹尾恵子、町田和彦、緒方隆幸:1973 ヒトの日本脳炎感受性におよぼす出生季節の影響 (第2報) 日衛誌 28(1):231
  4. Shimura, M., Nakamura, I. & Miura, T. 1977 Season of birth of schizophrenics in Tokyo, Japan. Acta psychiat.scand 55:225-232
  5. Morozov, P.V. (ed.) 1983 Research on the Viral Hypothesis of mental Disorders. (Avances in Biological Psychiatray Vol 12) Karger/ Basel
  6. Kurstak, E., Kipowski, Z.J. & Morozov, P.V. (eds) 1987 Viruses, Immunity, and Mental Disorders. Plenum Medical, New York/London
  7. Kurstak, E. (ed) 1991 Psychiatry and Biological Factors. Plenum Medical, New York/ London
  8. Miura, T. & Shimura, M. 1980 The relation between seasonal birth variation and the season of the mother’s birth. Arch Gynecol 229:115-122
  9. Miura, T. & Shimura, M. 1980 Epidemic seasonal infertility – a hypothesis for the cause of seasonal variation of births. Int. J. Biometeor. 24:91-95.
  10. Miura, T. 1987 The influence of seasonal atmospheric factors on human reproduction. Experientia 43:48-54
  11. Nakamura, I., Shimura, M., Nonaka, K. & Miura, T. 1986 Changes of recollected menarcheal age and month among women in Tokyo over a period of 90 years. Annals Human Biology 13:547-554
  12. 三浦悌二(編)1983 生まれ月の科学-先天異常から老人病まで。 篠原出版 東京
  13. Miura, T. (ed) 1987 Seasonality of Birth (Progress in Biometeorology vol 6) SPB Academic Pub., Den Haag
  14. Huntington, E. 1938 Season of Birth – Its relation to human abilities.  John Wiley, New York
  15. Dalen, P. 1975 Season of Birth – A study of schizophrenia and other mental disorders. North-Holland, Amsterdam
  16. Holmes, M. 1995 Revolutionary birthdays. Nature 373:468
  17. Moore, S.E., Cole,T.J., Poskitt, E.M.E. et al 1997 Season of birth predicts mortality in rural Gambia. Nature 388:434
  18. 田宮猛雄、羽里彦左衛門、山本正、飯田毅、下条寛人、西岡久壽弥、川村明義、鈴木潔 1948 リツケッチア・プロワツ・キ、リツケッチア・ム-ゼリ及び変形菌OX19に共通抗原たる所謂X物質の研究、特にB型物質との関連に就いて 医学通信 111号:3-5
  19. Tamiya, T., Hazato, H., Yamamoto, T., Iida, T., Shimojo, H., Nishioka, K., Kawamura, A., Suzuki. k., Arai, M., Tsukamoto, R. & Schoble, Y. 1949 Studies on the so-called X-factor common to Proteus OX19, Rickettsia prowazeki and Rickettsia mooseri, especially on the relation of the factor to blood group B specific substance.  Jpn. J. Exp. Med. 20:1-23
  20. Miura, T., Nakamura, I. & Nonaka, K. 1991 Seasonal effects on fetal selection related to ABO blood groups of mother and child. Anthrop. Anz 49:341-353
  21. 三浦悌二 1992 生まれ月から血液型へ 篠原出版 東京

 

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